ゴッドタンの「この若手芸人知ってるのか?」で解説としてお馴染みK-PRO代表児島気奈さんのことをご紹介しようかと思います。
関東芸人はみんな児島さんの目を通ってきたというのでお笑いを見る目は確かです。
- 関東芸人さんをたくさん見てきたK-PROの児島さんってどんな人?なぜこの仕事をしているのかな?
- ボキャブラを見てお笑いにハマりその後ずっとお笑いと共に生きてきた児島さんは関東芸人にはなくてはならない存在になっている!!
児島気奈さんプロフィール
児島気奈(こじま きな) 1982年2月24日生まれ 東京都出身
小学生の時に見た「ボキャブラ天国」を見てお笑いにハマり、高校の時には全国のお笑いファンの方と文通する程お笑いが好きだった児島さんは、お笑いライブの手伝いをするなどしていましたが、22歳にしてお笑い事務所K-PROを設立します。
文通というのが時代を感じますね。まだ携帯にメール機能がつくかつかないかぐらいの時ですからね。
児島さん自身もお笑い芸人だった時期もあり、マシンガンズと同じ舞台にも立っていたそうです。
マシンガンズといえばゴミの清掃員でお馴染みの大田プロの芸人さんですね
児島さんは結婚しておらず、本当にお笑いのことが大好きで自らも「お笑いと結婚している」と語るほど、お笑い以外のことに興味がないのではないか?と思うほどです。
底辺の芸人のためにチャンスの舞台を
吉本や松竹など大きな芸能事務所は、独自の劇場を持っていて若手でもそこで芸を磨くことができます。
しかし、ほとんどの事務所は若手芸人LIVEのような舞台はありますが、ある程度キャリアを積まないと、その舞台にすら立てません。
その舞台に立つチャンスを与えるために児島さんは日々色々なお笑いの舞台を作り続けています。
私がお笑いライブの制作を始めた19年前は、ライブ自体が少なくて、各プロダクションさんがやっている事務所ライブとか、あと渡辺リーダー(正行さん)がやっている「ラ・ママ新人コント大会」とかはあったんですけど、それに出るためのライブがなかったんですね。上のライブに出るための若手ライブをドンドン作っていかなきゃいけないと思って始めたのが、K-PROの最初だったんですけど。
で、始めていく内に、その若手ライブに出るための若手ライブが必要になってきた。さらに、その中で仲良くなった芸人さんたちで内々のライブをやりたいとか、若手さん側から“こういうライブがやりたい”という声が結構上がってきて、ライブが増えてきた感じなんですね。その中でお客様の年齢層も分かれてきたので、世代毎のライブが必要になってきたり、さらにネタだけのライブとか、バトルのライブとか、ゲームだけのライブとかいろいろ増えてきたので、お客さんにも分かりやすく提示しています。
出典:ルーフトップ(リンク切れ)
そのライブの数は年間1000本にものぼり、18年ずっとお笑いライブを行っています。
ここ2年間はコロナ禍でライブのやり方も変わってると思いますが本当にお笑い愛がないとできないですよね。
児島さんが見てきた芸人
三四郎、バイきんぐ、アルコ&ピース、かが屋などの主に関東圏の芸人さんの下積み時代から見続けてきた児島さん。
自分のライブに新人で出ていた芸人さんが売れていくのを見てると喜びも大きいでしょうね。
三四郎は児島さんも出てたゴットタン「この若手知ってんのか?」で初めてTVに出演してブレイクしましたからね
いきなり小宮さんが車いすで前歯も折れてたのは衝撃でしたね
ちなみに記事のタイトルにある「お笑いに抱かれた女」はアルコ&ピース平子さんが児島さんのことを例えた言葉です。
あのKOCチャンピオンの結成の場にいた!
児島さんはかもめんたるの結成の場にいました。そのことをナタリーの記事で執筆しています。
当時はまだ「劇団イワサキマキオ」というコンビ名でした。
2008年のことです。それまでもいくつか単独ライブに関わらせていただいてはいましたが、私だけスタッフで行ったり、他の制作会社が入っていたりしていて、がっつりライブの全てを任されたのはこの単独が初めてでした。
もう一つ、この単独ライブをやらせていただくことになったきっかけを知っていただきたいのですが、実は私、この二人のコンビ結成の瞬間に立ち会っているんです。この単独の半年ほど前に、鎌倉の海岸の海の家でお笑いライブの営業がありまして、その時に偶然別の仕事で来ていた槙尾さんにばったり会ったんです。当時K-PROのライブによくご出演いただいていたWAGE(かもめんたるの二人に小島よしおさん、手賀沼ジュンさん、作家の森ハヤシさんがいたコントユニット)が解散してから、槙尾さんに会うのは初めてでした。今思うと、鎌倉で会うなんて偶然すぎますよね(笑)。
解散後は何をしているのかや、芸人活動は続けるかなどを聞いたりして、その日は別れたんです。すると後日、槙尾さんから連絡があり、「俺、う大さんとコントをやりたいんだよね……。でも声かけるの怖いから、よかったら児島さんも一緒に来てくれない?」と、なぜかコンビ結成の話し合いの場に誘われまして、私もなぜかOKしたんです(笑)。後日槙尾さんに聞いても、未だに納得いく理由はわからないんですが、なぜか一番大事であろう話し合いの席に参加させていただきました。
出典:ナタリー
長くお笑いに関わってるとこんなすごいこともあるんですね。お笑いを愛する児島さんには必然だったかもしれませんね。
まとめ
- 22歳でK-PROを設立
- お笑いと結婚していることを自称している
- 若手がたくさん活躍する舞台を用意
- かもめんたる結成じにはその場にいた
芸人の皆さんも児島さんにリスペクトと愛を感じますね。最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回をお楽しみに〜